インプットとは?それだけでは全く意味がない話

マインド

こんにちは、ぷろとです。

今日は、インプットだけをしていても無意味という話をします。いくら勉強しても使えなかったら意味がないんだぜと言いたい。だからオレは得た知識を使えるようになるまで、何度でも繰り返すことを決意しました。そのためにブログを書くし、動画も利用しています。

ぷろと
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ぷろとです。毎日ブログを書くと宣言してから書き続けています。ブログの書き方だったり、趣味の事や、学んだ事を書いています。

知っているかではなく、出来ているか?

オレを変化させてくれたマインドセットの話をします。

それが、

知っているかではなく、出来ているか

衝撃的だったし、一生このスタンスでやっていこうと思った。

オレはインプット大好き人間だった。

何かを知ったりするのは楽しいし、興味を持ったものは深く堪能しまくっていた。

ゲームでも漫画でも、サッカーでも自分が好きだと思ったことには全力で知ろうと知識を詰め込みまくっていたんだ。色んな事を知って知って知りまくるって面白いし、楽しかった。

だが、それで満足していた。

色んな事を知っているつもりだったが、その得た知識を、実際に使っていたり、使えていたりするのは、得た知識量に対して、数%くらいでしかなかった。

例えば、ゲームでもそうだ。どこそこに究極の武器があって、それを入手するにはアレやコレやをやる必要があって等の知識はあるが、実際に入手できなかったものは、いくらでもあった。

漫画もたくさん読んだが、読んだだけで満足してた。オレは一時期漫画を描いたりもしていたんだけど、自分よがりのツマラナイ作品ばかりを作っていた。コマ割りだったり、話の展開の作り方だったり、魅力的なキャラの描き方だったり、たくさん読んだはずの漫画は全然活かされてなくて、お前は何を今まで読んできたんだと言いたくなるほどだった。

サッカーに関しても、ルールはしっかりインプットしまくっていたのに、いざ審判をやってみるとこれが難しい。しっかりしたジャッジができなかった。数回やった程度で、それ以来は審判をやらなくなった。知識は誰よりもあったのに、いざ使うという場面で試行回数が少なかったために失敗しただけなのに、それで自信を無くして諦めてしまっていた。

オレはインプット大好き人間でしかなかったのだ。

得た知識を使えなければ、ただ記憶領域を消費しているだけの無用の知識でしかないなと思った。

知識は使えて初めて意味があるんだと感じた。

知ってても出来ないとか意味が無さすぎるじゃないか。

使えないってことは、出来ないってことで、それはあるのもないのも同じで、むしろ何も無いって事じゃないか。

 

勿体なくないか?

 

いつか使えるから知っておこう。

 

いつ使うんだ?

 

その時は本当に来るのか?

 

おぼろげながらインプットだけしていても無意味だよなと思っていた時だった。

 

知識は知っているかではなく、出来ているかで判断しろ

 

と、オレのコピーライティングの師匠が話してくれた。

この時、オレの中にあったパズルがパチン!と組み合わさるかのような衝撃が走った。

 

確かにそうだ…と思ったのだ。

 

得た知識があったら、知っているかどうかで判断するのではなく、それを使えるもしくは出来ていなければ、全く意味が無いと教わった。

物事を覚える時は、それを意識しだした。

自分が使うために、使えるようになるために知識を入れよう。それだけを考えるようにした。

何かのコンテンツに触れた時も、ただ面白いやーと思うだけは辞める事にした。

消費だけするのは何も生み出さないからだ。

 

このことを戒めるマインドセットがある。

あなたが何かを誰からか学んだ時、それを知っていると思った瞬間が、最も危険な瞬間であり、私は何も知らないと認めた瞬間、それが最大の武器になる。

知っているではなく、出来ているかで判断せよ

 

本日はここまで!

ぷろと
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最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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